2018年1月15日月曜日

『大航海時代の日本人奴隷 アジア・新大陸・ヨーロッパ』を読む(13) 第二章 スペイン領中南米地域 Ⅲアルゼンチン(1終)

皇居東御苑
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Ⅲ  アルゼンチン
フランシスコ・ハボン
アルゼンチンにいた日本人に関する最初の記述は、奴隷取引の中心地であったコルドバ市にある。コルドバではアフリカ人奴隷が多く取引され、彼らはチリのポトン銀山へ労働者として送られた。

日本人の名は、フランシスコ・ハボンという。最初の主人は、奴隷貿易商アントニオ・ロドリゲス・デ・アベガといい、彼がいつ、どこで、どのようにしてフランシスコを手に入れたかは不明。アベガは、フランシスコをポルトガル人ディエゴ・ロペス・デ・リスボア(コルドバ在住、コンペルソのポルトガル人、奴隷商人)に売った。
1596年7月16日、商人ディエゴ・ロペス・デ・リスボアはフランシスコを神父ミゲル・ジェロニモ・デ・ポラスに800レアルで売った。その記録には、「フランシスコ・ハボンという名の日本出身の日本人奴隷であり、外見から二〇歳前後と思われる」とある。ここから考えれば、フランシスコは1575年頃に日本で生まれたことになる。その文献には、この日本人がある戦争の最中に捕獲され、奴隷となったと記されている。その戦争は、ヨーロッパの基準からすれば、正義の戦(ブエナ・ゲーラ)であり、正しい戦で捕らえられた奴隷が、召使いや奴隷として売られるのは合法的なことであった。

当時、カトリック教会は、ある種の原則に従って奴隷の使用を合法と見なしていた。その合法理由の一つが、正戦と非正戦の区別に基づくものであった。その定義は、権力者によって都合よく解釈されだが、前提として、「正戦」で捕虜となった者は、フランシスコの契約書に記されるとおり、奴隷の身分として扱うことが許されていた。とりわけ、キリスト教世界の拡大のためにおこなわれた戦争の場合は、捕虜の奴隷化が容認されていた。

16世紀、スペイン、ポルトガルの海外進出、とりわけアメリカ大陸におけるインディオに対する侵略、虐殺行為を「キリスト教の拡大」のために、「正戦」と定義しようとする動きと、それに反発する動きがあった。十字軍運動に始まるようなヨーロッパ世界の神学に基づく法的理解を、これまでヨーロッパやキリスト教とは無縁であった新世界に持ち込もうとすること自体、現代から見ればナンセンスであり、当時でもドミニコ会士バルトロメ・デ・ラス・カサス等によるスペインの植民地政策に対する激しい糾弾があり、スペイン国内の神学者の間で議論が紛糾した。
フランシスコの契約書にあえて「正戦」による奴隷であると記されるのは、当時ポルトガル国王が、日本人の奴隷化禁止を明言していたことと関係している。つまり、ヨーロッパの法的習慣で合法であると明記しなければ、フランシスコを奴隷として取引することは許されなかったのである。それは後に、フランシスコ自身による奴隷身分解放訴訟の根拠ともなる。

奴隷身分解放訴訟
フランシスコは1597年3月4日、奴隷身分からの解放を求める申し立てをおこなった。
彼は、自分は(身分的に)奴隷ではない、として自分の解放を訴え、書記官ディエゴ・デ・ソトマヨールの立ち会いのもと、訴訟の判決を待つことにした。その訴訟の知らせは、サンティアゴ・デル・エステロ市にいたロペス・デ・リスボア(フランシスコの元の主人)に伝わった。神父ミゲル・ジェロニモ・デ・ポラスはチリへ異動となり、フランシスコ・ハボンを商人バルタザール・フェレイラに引き渡し、800レアルを受け取った。それはハボンを入手した時に支払った額でもあった。同時に、バルタザール・フェレイラほ、フランシスコ・ハボンの訴えが認められ、自由の身となった場合は、ポルトガル商人ディエゴ・ロペス・デ・リスボアから800レアルを受け取る権利を手に入れた。
バルタザール・フェレイラは奴隷商人で、ブエノスアイレスとチリのサンティアゴの商人たちと組んで商売をおこなっていた。彼はブラジルを経由して、スペイン領南米地域に来るアンゴラ人奴隷の取引に関わっていた。

その後、フランシスコ・ハボンが自由を獲得したことを証明する書類は残っていない。しか、1598年11月3日付で、彼の身分が「奴隷」ではないとする判決が出たことを予測させる史料がある。史料には、ペルーのリマとチリのサンティアゴの複数の市民〔フアン・ロペス・デ・アルティポカ(リマ)、ジェロニモ・デ・モリナ、フアン・マルティネス・デ・ラストゥール、ロドリゴ・デ・アビラ(チリのサンティアゴ)〕が、バルタザール・フェレイラの代理人フアン・ニエトから、ミゲル・ジェロニモ・デ・ポラス神父に対し、フランシスコの代金800レアルを請求する権利を譲渡された、とある。フランシスコの奴隷としての取引に問題があったと認められたために、順を遡って、買い取り費用を弁済することが取り決められた。





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